エンジニアの育成→採用までを一気通貫で行う社内外の体制づくり
自身の経験とできることから、エンジニアリング×教育を軸にキャリアを重ねてきたと言う小枝さん。
──サイバーエージェントは今、社内外の技術者を対象にしたリスキリングプログラムに取り組んでいます。社内向けならともかく社外向けのリスキリング施策は業界でもあまり例がありません。なぜ、このような取り組みを始めたのでしょうか。
きっかけはエンジニア採用市場の激化です。あらゆる業界のDX化が進み、エンジニアを必要とする企業は年々増えているにもかかわらず、エンジニアの母数が増えないことに危機感を感じていました。
「優秀な人材が重要な経営資源」と考えるサイバーエージェントは、もともと育成が得意な会社ですから育成から採用に繋げるスキームを作りたいと思っていました。さらに過去にも社外向けの育成プログラムを開催し、それがきっかけで入社したエンジニアが今は要職に就き活躍している実績もあったため、再び開催したい気持ちはずっと持っていました。
そうした経緯で2021年11月にエンジニアの学び推進やキャリアアップ支援を行う組織として「リスキリングセンター」が立ち上がり、同時に社外のエンジニアを育成・採用する「アカデミー」という3カ月のプログラムをスタートしました。
リスキリングセンター全体のミッションは「会社に必要な人材を戦略的に確保する」こと。その手段としてアカデミーを通じた社外エンジニアの「育成・採用」と、社内エンジニアの「リスキリング」があるというだけで、両施策とも目指している方向は変わりません。
昨年度は3つのアカデミーに計60名が参加し、そのうち15名を自社で採用
──社外向けのアカデミーは具体的に何を行っているのでしょうか。
アカデミーは3カ月でテーマとなる技術領域のエンジニアを育成するためのオンライン教育プログラムです。社会人経験があり、業務でプログラミングを使ったことがある方を対象に無料で開催しています。オンライン講義を毎週末に8時間ずつ全8回と、内容はかなりハードなものです。
昨年は3つの技術領域について 、それぞれ約3カ月間のカリキュラムで開催しました。具体的には、Goとバックエンド技術をテーマにした「Go Academy」、モバイルフレームワークであるFlutterをテーマにした「Flutter Academy」、3D技術などグラフィックスをテーマにした「Graphics Academy」です。
成績優秀者には、当社の選考過程をスキップし最終面接を受けることができる「最終選考PASS」が付与されますが、入社は必須ではありません。市場にエンジニアが不足しているという課題に対する社会貢献という側面も加味し、採用に至らないケースがあっても構わないと考えています。
──立ち上げ時の集客はどのようにされたのでしょうか。
ネット上で告知しました。媒体は当社のコーポレートサイトや他のニュースメディアなどですが、もっとも有効だったのはSNSによる広報ですね。告知後の反響は私たちの想像以上で、これまで毎講座、定員の5~10倍の応募があります。
特に、初年度のGo Academyの募集をツイッターにて告知をしたときは、Go界隈のエンジニアや、エンジニア系のインフルエンサーたちにリツイートされ「プチバズ」が起きました。 過去にない試みということでみなさん面白がってくださったようです。
蓋を開けてみれば定員20名のところ200名を超える応募が集まりました。初年度は3テーマ合わせて60名が受講したわけですが、最終的にはそのうち15 名が自社での採用に至っています。
引用:サイバーエージェントホームページより告知したところ、業界内で大きな反響があったというGo Achademy。
定員の10倍超の応募から「伸びしろ重視」で受講者を選抜
──多くの応募者から、どんな選定基準で受講者を絞り込んだのでしょう。
どちらかと言うと、足元の技術力というより「伸びしろ」を見て合格を出しています。該当分野に興味があり、エンジニアとして仕事ができる程度の基礎知識とコーディング能力があればついていけるレベルのカリキュラムにしました。昨今のトレンドにあたる技術分野をテーマとしたこともあり、情報感度の高い、比較的若い方の応募が多かった印象です。
最低限のエンジニアリング知識の有無を書類上で見て、問題ないと判断された方は面談へと進みます。面談では、勉強が苦でなくエンジニアとして自走できているか、他の受講者を巻き込みつつ研修を盛り上げてくれるか 、仕事をしながらハードな研修を走り切れる熱量があるか などです。
自社での経験者採用をゴールとするなら初学者ではなく中級者や即戦力をターゲットにした方がいいとする考え方もあると思います。ですがアカデミーでは、新しく技術を学びたいけどきっかけがない、体系的に学べる場が欲しい人たちをターゲットにしました。
サイバーエージェントには様々な教育施策やチャレンジを推奨する風土、抜擢文化など、自ら学んで自走できる人材であれば成長・活躍できる環境が整っています。実際にスキル評価が及第点といった新人社員が数年後に「化けた」例が当社にはたくさんあります。応募時点で即戦力となるスキルがなくても、実務を経験していく中で成長し、活躍いただけるものと期待しています。
──人材の「ポテンシャル」を測る際に具体的にはどこを見ますか。
「素直でいいやつ」というフレーズが当社にはあります。どのような局面でもオーナーシップを持ち、周囲を巻き込みながら物事を推進していける人が活躍できる可能性が高いだろうと考えています。また自分から何かを発信したり、イベントを企画したりと、自発的にアクションを起こして責任持ってやり遂げた経験やチームを動かした経験も高く評価しています。
ハードな内容でも継続させるためのしかけ
──アカデミーを成功させるために、小枝さんたち運営側が特に工夫した点があれば教えてください。
「毎週末に8時間ずつ全8回」とハードな内容にも関わらず継続率は非常に高いものでした。これは、面談時に「厳しい3カ月になりますが、やり切れますか」と確認し、最後まで走りきれる方を厳選したこともありますが、カリキュラムの中身や講座の進め方にも工夫があります。
カリキュラムは技術研修や教材開発にノウハウのある外部パートナーの協力を得ながらフルスクラッチで開発しています 。初学者が対象といっても、エンジニア経験のある初学者向けとエンジニア経験のない初学者向けで全くレベル感は違います。市販の教材では「エンジニアとして仕事ができている方向け」のレベル感にならないので、コストをかけていちから制作しました。
「オンラインで1人学び続ける」学習環境も継続の支障になる恐れがあります。そこでチャットツールとしてSlackを導入し、受講者どうし切磋琢磨できる環境を用意しました。 研修期間中にオンライン懇親会なども行っており、当社の社員やCTOも交え 、受講者にサイバエージェントの開発事例や働き方などを知ってもらう機会として活用しました。
──反対に、苦労した点はありますか。
教材制作をフルスクラッチで行っていることと、たくさんの応募者と面接官の面談日時を調整する部分が大変でした。というのも、面接では「研修を楽しんで乗り切れるか」のほかに 、現場目線で「入社後、活躍できるかどうか」まで判断してもらうため、私たち技術人事本部メンバーのほか、各事業部のエンジニアや子会社の人事部の方もアサインしていたからです。
また、応募者本人の興味に合わせて、適切な面接官を配置する狙いもありました。AIに興味があるなら、実際にAI事業部から面接官をアサインした方が、応募者もより深く技術や業務について理解できるはずですから。
コストをかけるのはそれだけ私たちが育成にコミットしている証でもあります。「アカデミー」の後、同業他社の人事の方に「すごくサイバーエージェントっぽい取り組み」と言われたことがあります。「うちもやりたいけど、工数も人的リソースもかけて社外エンジニアの教育にコミットするのは難しい」と。でも、それができるのが私たちの強みであると再認識しました。
社内ではAI関連のリスキリング施策にリーダークラスも積極参加
Zoomで実施された社内研修の様子。
──社内技術者向けのリスキリング施策はどのような内容でしょうか。
昨年から今年にかけて、 機械学習やデータサイエンティスト系の研修と、データアナリスト向けの研修を2プログラム実施しています。背景としては、全社としてAIエンジニアの育成に力を入れていることと、組織に必要な人材を戦略的に確保できる教育体制を整えたいことなどが挙げられます。
こちらは開発リーダークラスや開発マネージャー相当の社員も多数参加しています。やはり「トレンドの技術を学びたい」、例えば「これまではWeb系の仕事をしていたけど、新しいスキルセットとしてマシンラーニングを学びたい」といったモチベーションで参加するケースが多かったようです。
カリキュラムは、まずオンライン学習プラットフォームの「Udemy」を使って1カ月ほど自己学習してもらい、一定の学習水準をクリアした人だけがその後1カ月間に渡る講義を受けられる形式としました。
講義は当然、業務時間の扱いになります。「Udemy」による自己学習も、受講者それぞれの現場において「学んだスキルを業務に活かせる」と上長とコンセンサスが得られれば業務時間扱いとなります。業務に活かす予定はないが個人的に受けてみたい方という方も、業務時間にはなりませんが受講することは可能です。
「先々はビジネス職やクリエイティブ職まで拡大」運営組織の強化が急務
サイバーエージェントでは社内の至る所で勉強会が開催されている。また、現場では積極的に裁量を持たせ、実務を通して人を育てるカルチャーがあると話す。
──今後、リスキリングセンターの施策をどう発展させたいですか。
研修の品質を向上させながら頻度を増やしたいですね。昨年度は3カ月×3セットのアカデミーを開催しましたが、これを四半期に1〜2回、通期で連続的に開催できたらと考えています。扱う技術領域も、技術トレンドの変化やアップデートに合わせて拡大することになるでしょう。社内向けリスキリングの研修プログラムも増やします。現在のメインターゲットはエンジニアですが、ゆくゆくはビジネス職やクリエイティブ職など、全職域に広げていく計画です。
そのためには、われわれリスキリングセンターの体制強化も急務です。今後、技術政策管轄 から独立した組織になることも視野に入れて取り組みをさらに推進していきたいですね。
(クレジット)
構成=東雄介、撮影=関口達朗